そのむかし、由布院盆地は大きな湖だった。
 ある日、由布山の山霊神の化身である宇奈岐日姫の神が力自慢の従者権現に「岸辺の一部を蹴破って、湖の水をなくしてみよ」と、命じた。
 権現は湖の壁の一番薄いところを満身の力を込めて蹴とばした。湖の水が音をたてて流れはじめ、みるみる内に減水し、現在の盆地が出来上がった。
 そして天は、四季折々に見せる美しい由布岳の景観、肥沃な豊かな土地から生まれる産物、そして滾々と湧き出る温泉と多くの豊かな自然を恵んでくれた。

 湯布院で生まれ育った私は、そんな話を小さい頃よく聞かされました。
 そして、その天からの自然の恵みのなかで、御宿なか屋という小さな宿屋をやっております。




 学校を卒業し、湯布院を後にして大阪へ料理の修行に出ました。

 修行を終え、なか屋へ帰り、主人そして料理人として二足の草鞋(わらじ)を履いて日々を過ごすうちに、私もそれまで学んできた料理人としての自分を失いかけたことがありました。自分の技術と素材とレシピだけをたよりに、プロとしての料理人の基本を忘れかけていたのです。

 5年間という短い期間でしたが、鍋洗いからはじまり、食材の扱い方など料理の基本から学びました。料理の修行は昔ながらの徒弟制度、修行に関して言えば辛かったこと、苦しかったことが、今でもまず頭によぎります。しかし、仕事には厳しいけれども人情あふれる親方、先輩方に恵まれ、若い時代に幸福な時を過ごすことが出来ました。

 それを思い出させて、私を目覚めさせてくれたのは、修業時代に懇意にしていただき、今でも親しくさせてもらっている奈良で割烹を営んでいる先輩の言葉でした。
「熱いものは熱いうちに、冷たいものは冷たいうちに」
そのことは、プロとして、料理を提供してお客様をおもてなしする料理人として、当たり前の極々基本中の基本です。



 天が与えてくださった素晴らしい自然と温泉、その湯布院で営む宿屋の主人としての私にとって、お客様をお迎えするために精いっぱい出来るおもてなしは、やはり「料理」だと思っております。それを、この小さな宿屋「御宿なか屋」の看板にして行けたらと思っております。

 お客様に「うまいね」と喜んでもらいたい。そう思う気持ちを大切にし、「プロの料理人の仕事」を自然体でしていかなければと、益々自分自身に言い聞かせ、まだまだ若輩ではございますが「御宿なか屋」の主人として、皆様方のお越しをお待ち申しております。



 2001年7月1日御宿なか屋は、全館リニューアルし、新たな一歩を踏み出しましたが、それまでと同様大小7部屋、ほとんど家族のみで営む、やっぱり小さな宿屋です。
 そして、皆様がご気軽にご利用いただけますよう、一泊二食13,800円と低料金で設定させていただいております。そのためにも、また、わが家のようにおくつろぎ頂けるように過剰なサービスは廃し、美味しいお料理とゆったりとした温泉を味わって頂きたく思っております。
 どうぞ、ご気軽にご家族で、お友達同志でお越しくださいませ。



 湯布院で生まれ育った私は、やはり野や山が好きです。
 時間が空いたとき、愛車のランドクルーザーでひとり山に行きます。ひとり静かに自然と戯れる。これが私の趣味なのでしょうか・・・・
 移りゆく季節を、生命の息吹を感じ、その自然の営みのように「御宿なか屋」を営んでいければなどと考えております。

湯布院 御宿なか屋